横浜地方裁判所 昭和63年(ワ)1532号 判決 1990年9月11日
原告
市川力政
原告
風呂橋修
右両名訴訟代理人弁護士
野村和造
同
鵜飼良昭
同
福田護
同
岡部玲子
被告
いすゞ自動車株式会社
右代表者代表取締役
飛山一男
右訴訟代理人弁護士
竹内桃太郎
同
石川常昌
同
田多井啓州
同
吉益信治
被告補助参加人
いすゞ自動車労働組合
右代表者執行委員長
小川松太郎
右訴訟代理人弁護士
渡部晃
右訴訟復代理人弁護士
田中早苗
主文
一 原告らと被告との間に労働契約関係が存在することを確認する。
二 被告は、
1 原告市川力政に対し、五四七万六〇一〇円及び平成元年五月以降毎月二三日限り二二万〇〇八九円を
2 原告風呂橋修に対し、五三五万〇九二五円及び平成元年五月以降毎月二三日限り二〇万七五三八円を
それぞれ支払え。
三 訴訟費用中、補助参加によって生じた分は補助参加人の負担とし、その余は被告の負担とする。
四 この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告らの請求
一 主文第一、二項同旨
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 主文第二項につき仮執行の宣言
第二事案の概要
本件は、被告会社が、被告補助参加人組合との間に締結されているユニオンショップ協定に基づいて、右組合を脱退し、別組合に加入して分会を結成した原告らに対してした解雇の効力が争われた事案である。
一 争いのない事実
1 被告会社は、自動車の製造・販売等を業とする株式会社であり、資本金は約四九九億円、東京都品川区南大井に本社をおき、川崎工場、鶴見製造所など全国各地に事業所を設けており、昭和六三年八月末現在、従業員総数は一万五〇二六名である。
原告市川力政(以下「原告市川」という。)は、昭和四三年四月被告会社と労働契約を結び、川崎工場鶴見製造所機械課に、同風呂橋修(以下「原告風呂橋」という。)は、昭和四二年三月被告会社と労働契約を結び、川崎工場製造部工具課に、それぞれ所属し就労していたものであり、いずれも被告会社の従業員をもって組織する被告補助参加人いすゞ自動車労働組合(以下「参加人組合」という。)の組合員であった。
参加人組合の組合員総数は、昭和六三年九月現在、約一万二七〇〇名である。
2 被告会社と参加人組合との間には、昭和四九年九月一日発効、同五三年四月二八日改定の包括労働協約(以下「本件労働協約」という。)が締結されており、その第三条には、ショップ制として、「会社は前条の組合員の範囲に該当し、かつ、次の各号の一に該当する者を解雇する。ただし、会社が解雇を不適当と判断した場合はこの限りでない。」との定めがあり、同条第二号には「組合を脱退した者」が掲げられ、これをうけた被告会社の就業規則第二八条には、「労働協約第三条により解雇に該当したとき」には解雇する旨の規定がある。
3 原告両名は、昭和六二年一〇月二七日、日本労働組合総評議会全日本造船機械労働組合(以下「全造船」という。)に加入し、被告会社における分会として全造船東部地方本部関東地方協議会いすゞ自動車分会(以下「分会」という。)を結成するとともに、原告らの所属する参加人組合の支部にそれぞれ赴き、脱退の意思表示を口頭及び書面でした。
これに対し、参加人組合は、同年一一月六日第四回代議員会において、原告らの脱退を確認するとともに、脱退に伴う労働協約第三条(ショップ制)適用の申入れを決議し、参加人組合三役は同月九日、被告会社に対し、右決議に基づき原告らを解雇するよう申入れをした。
これを受けて、被告会社は原告らに対し、同月一二日、労働協約第三条第二号及び就業規則第二八条第一項第五号に該当するとして解雇通知をした。
4 被告会社における賃金の支払方法は、毎月一日から末日までの分を当月二三日に支払うべきものとされており、昭和六二年八月一日から同年一〇月三一日までの原告らの就労実績を基礎とし、被告会社が実施した支給基準を適用したうえ、本件解雇がなかったと仮定して原告らの賃金及び一時金の額を算定すると、別紙「原告らの請求賃金及び請求一時金の金額表」(略)のとおりになる。
二 争点
本件の争点は、被告会社が原告らに対してした本件解雇は無効か否かという点にある。
第三争点に対する判断
一 ユニオンショップ協定は、労働者が労働組合の組合員たる資格を取得せず、又はこれを失った場合に、使用者をして当該労働者を解雇させることにより、間接的に労働組合の団結、組織の拡大強化を図ろうとするものであるが、他方、労働者には、自らの団結権を行使するため労働組合を選択する自由があり、また、ユニオンショップ協定を締結している労働組合の団結権と同様、同協定を締結していない他の労働組合の団結権も等しく尊重されるべきであるから、ユニオンショップ協定によって、労働者に対し、解雇の威嚇の下に特定の労働組合への加入を強制することは、それが労働者の組合選択の自由及び他の労働組合の団結権を侵害する場合には許されないものというべきである。このような観点に立って考えれば、ユニオンショップ協定のうち、同協定締結組合以外の他の労働組合に加入している者及び同協定締結組合から脱退し又は除名されたが、他の労働組合に加入しまたは新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分は、民法第九〇条の規定により無効と解すべきであり、したがって、使用者が、ユニオンショップ協定に基づき、このような労働者に対してした解雇は、同協定に基づく解雇義務が生じていないのにされたものであるから、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することはできず、他に解雇の合理性を裏付ける特段の事由がない限り、解雇権の濫用として無効というべきである(最高裁昭和六〇年(オ)三八六号平成元年一二月一四日第一小法廷判決参照《三井倉庫港運事件・労判五五二号》)。
二 これを本件についてみれば、原告らの参加人組合からの脱退、別組合への加入、分会結成の経緯は、前記争いのない事実3のとおりであるから、被告会社が本件ユニオンショップ協定に基づき、原告らに対してした本件各解雇は、同協定による被告会社の解雇義務が生じていないときになされたものというべきであり、また、本件において他に本件各解雇の合理性を裏付ける特段の事由を認めることはできないから、結局、本件各解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することはできず、解雇権の濫用として無効であるといわなければならない。
三 被告会社は、大要、(1)本件は、参加人組合の組合員合計約一万三〇〇〇名中、僅かに原告ら二名が、その自由意思によって、被告会社の従業員以外の者で組織される別組合に加入して、その分会を結成し、参加人組合を脱退したというものであるところ、こうした組合脱退者についてユニオンショップ協定に基づく解雇義務が生じないとすれば、ユニオンショップ協定は実際上無意味なものとなり、第二、第三の脱退、別組合の結成という事態を招き、参加人組合の団結は侵害されて使用者に対する力関係が弱体化するばかりでなく、使用者は僅か一、二名の従業員が組織する第二、第三の別組合との団体交渉を余儀なくされることとなり、労使関係は複雑化し、不安定となる、(2)したがって、ユニオンショップ協定締結組合からの脱退が許される場合、すなわち、脱退による解雇義務が生じない場合というのは、組合の分裂、多数組合員の脱退などにより、組合員の共通の規範意識が欠落した場合、あるいは、その組合が自主性に欠けるとか、組合内部で多数決原理が形式的又は実質的に機能せず、その結果組合員である個々の労働者の権利利益、特に「団結への権利」が害されるに至ったため、所属組合員による新たな組合の結成又は別組合への加入を保護しなければならないような、真にやむをえない合理的かつ正当な理由がある場合に限られるというべきである、(3)しかるに、本件の場合、原告両名は、被告会社鶴見製造所の閉鎖問題に関して、参加人組合の対応を批判し、また、参加人組合の運営が非民主的であり、御用組合化して自主性を欠いていること等を理由として参加人組合を脱退しているものであるが、参加人組合が自主性に欠けるとか、組合内部で多数決原理が形式的又は実質的に機能せず、その結果組合員である個々の労働者の権利利益が害されるに至ったというような状況にはなかったのであるから、真にやむをえない合理的かつ正当な理由はない、と主張する。
また、参加人組合は、組合内における民主主義は保障されており、原告らの意見を組合に反映させる道があるのに、安易に参加人組合を脱退し、わずか二名で、分会員増加の可能性もなしに分会を結成しているのであって、分会結成は解雇を免れ、本件訴訟を提起するためになされたものであるから、組合選択権の濫用というべきで、ユニオンショップ協定に基づく被告会社の原告らに対する解雇義務は有効に発生していると主張する。
しかしながら、憲法第二八条の団結権の保障のなかには、個々の労働者が労働組合を結成する自由、労働組合を選択する自由の保障が含まれていることは言うまでもなく、このような団結の自由を認める以上、所属組合を脱退して別組合に加入し、あるいは新組合を結成することに正当の理由を要求することは右憲法の団結権保障の趣旨に反し、許されないものというべく、既存のユニオンショップ協定締結組合の団結の維持、強化を目的とする右協定の効力も、右の限度に制約されると解するのが相当である。
無論、協定締結組合の組合員が、専ら使用者の利益を図る目的で、右組合を脱退して新組合を結成するなど、労働者の団結権保障の趣旨に反し、団結権を濫用する場合には、ユニオンショップ協定に基づく解雇を有効と解すべき余地もあるが、本件においては、そうした事情は見当らない。
したがって、被告会社及び参加人組合の主張は理由がない。
第四まとめ
そうすると、原告らと被告会社間の労働契約関係は、依然存続していることになり、また、原告らの労務提供の履行不能は使用者の責に帰すべき事由に基づくものであって、被解雇者たる原告らは、反対給付としての賃金請求権及び一時金請求権を失わないというべきである。
以上によれば、原告らは本訴請求は、いずれも理由がある。
(裁判長裁判官 佐久間重吉 裁判官 山本博 裁判官 吉村真幸)